破産・倒産・事業再生の基礎知識
会社分割を利用した実質的な債務の減免(濫用的会社分割)
1. 会社分割の概要
会社分割とは、一つの会社を分割して二つ以上の会社にすることをいいます(会社法757条以下)。多角経営の企業が事業部門を独立させて経営効率の向上を図り、不採算部門などを独立させる、または他の会社の同種の部門と合弁企業を作るなどの、事業の再編や企業提携、企業買収等に利用される制度です。 会社分割には、吸収分割(会社法758条以下)と新設分割(会社法762条以下)の2種類があります。 吸収分割とは、分割する会社がその「事業に関して有する権利義務の全部または一部」を既存の会社(承継会社)に承継させる会社分割を指します(会社法757条)。この場合、会社分割によって分割会社と承継会社の2つの会社が存することになります。 新設分割とは、分割する会社がその「事業に関して有する権利義務の全部または一部」を新しく設立した会社(設立会社)に承継させる会社分割を指します(会社法762条1項、2項)。この場合には、分割によって分割会社と設立会社の2つの会社が存することになります。 平成12年の商法改正で、会社分割制度が整備されましたが、会社法が施行された際にいくつかの点で従前の商法(以下、旧商法といいます。)の会社分割制度の内容が実質的に改正されました。それに伴い生じた新たな問題の一つが、濫用的会社分割の問題といえます。
2. 会社法施行と会社分割
現行会社法では、旧商法で会社分割の効力要件であった、債務の履行見込みがあること(旧商法374条の2第1項3号)が効力要件ではなくなったため、会社分割の当事会社に債務の履行の見込みがあることは要求されません。したがって、会社分割の当事会社が債務超過に陥っていたとしても、会社法上、当該会社の会社分割は可能です。もちろん、債務超過に陥っている会社を分割し、優良部門(いわゆるGood Company)の再生を図り、残った不良部門(いわゆるBad Company)はその弁済能力に応じて可能な範囲で弁済を行うことが、直ちに問題となるわけではありません。会社分割が「濫用的・詐害的」として問題になったのは、会社法の債権者保護手続きに要因があります。
3. 債権者保護手続きと濫用的会社分割
会社分割によって会社債権者が被る可能性のある不利益に配慮し、会社法は、債権者を保護するための制度として、会社分割に異議を述べる手続を規定しています(会社法789条1項2号、810条1項2号)。そして、異議を述べた債権者は、原則として弁済や担保提供をうけることができます(会社法789条5項本文、810条5項本文)。しかし、当該債権者保護手続きにより異議を述べることができる債権者は、原則として、会社分割後に分割会社に対して債務の履行を請求できない債権者に限られます(会社法789条1項2号、810条1項2号)。 したがって、会社分割が行われる場合に会社の債務が設立会社や承継会社に免責的に承継される場合には、当該債務の債権者は債権者保護手続によって異議を述べることができますが、分割の際に分割会社にも会社債務が残される場合や、設立会社・承継会社に承継される債務を分割会社が連帯して保証する等の場合には、当該会社債務の債権者は、「分割後に分割会社に債務の履行を請求できない債権者(会社法789条1項2号)」には該当せず、原則として、債権者保護手続による異議申立の対象外となるのです。 なぜなら、分割会社にも会社債務が残される会社分割の場合には、分割会社には、分割の対価として設立会社・承継会社の株式が割り当てられることから、債権者が債務の履行請求の引当てとする分割会社の純資産は不変であり、債権者は分割会社に請求が可能であると考えられるためです(もっとも、かかる考え方は、分割会社における実質的な財産価値の毀損を考慮していないことに注意が必要です。すなわち、分割前の会社が新たに借入れを行う場合、新旧の債権者は同順位ですが、分割後に設立会社・承継会社が借入れを行うと、旧債権者は新債権者に事実上劣後することになります。)。 したがって、会社法上、債権者が関与できないまま、会社が債務を免れるために会社分割を行うことが可能となります。
4. 濫用的会社分割の問題点
以上みてきたように、濫用的会社分割とは、会社分割が債権者に秘密裏に行われ、当該債権者が気づいたときには、会社の優良事業等の債務の履行請求の引き当てとなるはずの事業が新設会社・承継会社に移転された後であり、事実上、債権者は自己の債権回収の道を閉ざされる事態を招く会社分割のことです。濫用的会社分割は、優良事業を一部に抱えながら債務超過に陥ってしまった会社から見れば、非常に簡易に事業再生を図ることができる手法といえます。しかし、会社債権者から見れば、債務超過に陥った会社が、債権者の関与できないところで「会社分割」を行うことで、一方的に当該会社債権の価値を著しく毀損するところに濫用的会社分割の問題点があります。そして、当該会社債権者は、会社分割について異議申立できないばかりでなく、事後的に会社分割の効力を争うこともできないのです(会社法828条1項9号10号、2項9号10号)。
5. 濫用的会社分割への対応策
濫用的会社分割がなされた会社の債権者が、自己の債権保護のために講じる方策としてどのようなものが考えられるでしょうか。平成26年会社法改正以前には以下のような議論がなされていました。
6. 濫用的会社分割の是非を巡る最高裁判例(平成24年10月12日判決)
平成24年10月12日に、濫用的会社分割に対する詐害行為取消権の行使の是非が争われた訴訟の上告審判決がありました。 事案の概要 当該訴訟は、不動産会社の債権者たる債権回収会社(原告、被控訴人、被上告人)が、当該不動産会社が会社分割(新設分割)で新設した会社(被告、控訴人、上告人)に優良資産たる不動産の所有権を移転した行為の取消しおよび、新設分割を原因とする不動産の所有権移転登記の抹消登記手続きを求めた事件です。 第一審の大阪地裁(平成21年8月26日判決、金法1916号113頁)、第二審の大阪高裁(平成21年12月22日判決、金法1916号108頁)は、ともに、新設分割は財産権を目的とする法律行為であり、債権者保護手続(会社法810条)の対象とされていない債権者については詐害行為取消権の行使が否定されるべき理由はなく、詐害行為取消の効果も訴訟当事者間において相対的に取り消されるにとどまり会社の設立自体の効力を対世的に失わせるものではないとして、新設分割は詐害行為取消権行使の対象になり得ると判断した上で、本件会社分割は詐害行為に当たるなどとして、原告、被控訴人たる債権回収会社の請求を認容しました。 最高裁の判断 最高裁は、(1)会社法その他の法令において、新設分割が詐害行為取消権行使の対象となることを否定する明文の規定は存しないこと、(2)会社分割の際に分割会社にも何らかの会社債務が残される場合の会社債権者については債権者保護手続き(会社法810条)の対象とならないため、詐害行為取消権によってその保護を図る必要性があること、および、(3)詐害行為取消の効果は、新設分割による会社の設立の効力に何らの影響を与えないこと、これらの理由から、会社法上、新設分割無効の訴え(会社法828条1項10号)が規定されていることをもって、新設分割が詐害行為取消権行使の対象にならないと解することはできない、と判断しました。その上で、株式会社を設立する新設分割がされた場合において、新設分割設立株式会社にその債権に係る債務が承継されず、新設分割について異議を述べることもできない新設分割株式会社の債権者は、民法424条の規定により、詐害行為取消権を行使して、新設分割を取り消すことができると結論づけ、上告を棄却しました。これにより、不動産の所有権移転行為の取消し、および、新設分割を原因とする不動産の所有権移転登記の抹消登記手続きを求めた債権回収会社の請求を認容した、第一審、第二審の判決が確定しました。 本判決は、濫用的会社分割を巡る詐害行為取消権の行使に対して、最高裁の初判断がなされたという点に意義があります。
7. 平成26年会社法改正による手当て
濫用的会社分割に対する債権者保護について、上記のような学説および実務における検討状況の下、平成26年会社法改正(平成27年5月施行)により、会社分割が承継会社または新設会社に債権が承継されない債権者を害することを知ってなされた分割である場合には、当該債権者は、承継会社または新設会社に対して、承継した財産の価額を限度として、当該債務の履行を請求することができるとする規定が追加されました(会社法759条4項~7項、761条4項~7項、764条4項~7項、766条4項~7項)。 今後、学説や裁判例の蓄積等により、具体的にどのような場合に「債権者を害することを知ってなされた分割」に該当するかが明確にされることが期待されます。その際には、債権者保護と、債務者の事業再生の必要性の双方に十分な目配りをした解釈が必要であると考えます。